「板当沢林道の自然環境調査」にちなんだ所感


                    陸生ホタル生態研究会会長 小西 正泰

 近年、環境問題に関する論議がさかんになるにつれて、その地域の動・植物相の調査も実施されるようになった。かつては、それらの調査は主として生物地理学上の視点から行われる場合が多かったようである。それが近年では自然環境の保護・保全の立場から、生物相の調査はさらにその重要性が増大してきている。

 さて、本会の前身ともいうべき「板当沢ホタル調査団」は、『日本産ホタル10種の生態研究』(2006年)を刊行した。本書は全300頁のうち、1965頁を「板当沢林道の自然環境調査」に充てている。

 この調査は植生、水生生物、哺乳類、野鳥、両生類・爬虫類、魚類、淡水産・陸生貝類、土壌などにおよんでいる。このような対象地域の自然環境の総合的な調査報告書は少ないことと思う。

 この章の初節は、梅田 彰氏の「板当沢林道の植生調査」である。このほど同氏による補訂稿が寄せられたので、以下に採録する。終節には「板当沢の自然環境と陸生ホタルについての考察」という示唆に富む意見が述べられている。また、ムカシトンボやガロアムシについても言及されている。この機会に蛇足ながら、昆虫についてのメモを以下に付記することにした。

 ところで、環境庁(のち環境省)は1978年、第2回の日本全国の動植物の分布調査(「緑の国勢調査」)を行ない、昆虫では特定の環境指標となる9種および1目を指定した。このなかに板当沢からも記録されているムカシトンボ、ゲンジボタル、オオムラサキとガロアムシ目が入っている。このことは、板当沢の自然環境が貴重なものであることを示している。

 ムカシトンボ(ムカシトンボ科)は世界に2種しか知られていない「生きた化石」といわれる遺存種(レリック)である(日本から1種、ヒマラヤから1種)。山間部の渓流に生息し、幼虫期間は7年間で、成長がおそい。

 また、ガロアムシは1916年、フランス人の外交官ガロアが日光の中禅寺湖畔で雌雄を採集し、1924年に学名が与えられた。山地のガレや朽木中に棲む。日本に1科5−6種、世界に1科約20種が知られている。北米、日本、朝鮮半島、ロシアに分布。この北米と東アジアとの関連は注目に値する。ガロアムシの国内での分布は本州、四国、九州。肉食性で、トビムシ、シロアリ、小昆虫(幼虫)などを捕食する。成長は緩慢で少なくとも5年で8回脱皮し、卵から成虫までに7年間を要する。複眼を欠如。原始的な昆虫で「生きた化石」といわれる。森林伐採などの環境変化にきわめて弱い。板当沢に生息している意義は大きい。

 上記報告書中の「板当沢林道の昆虫(予報)」(井上ただし等10名、3640頁)には334種がリスト・アップされているが、実際はその数倍の種類が生息しているものと推測される。このリストをみると、肉食性(ミミズ、陸生貝類など)のオサムシ類が4種、ホタル類が7種(うち6種が陸生)記録されている。これは調査対象地域の面積の狭隘などからみると、多様性に富むファウナであると思う。

 この板当沢の昆虫相は、今後精査すればまだいろいろ興味ある問題が提起されることであろう。

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