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活動報告 
報告1.本土産マドボタル属の生態について
 1)分布
 本土産のマドボタル属は、これまでにクロマドボタルとオオマドボタルの2種が確認されています。この2種の分布については、これまで、オオマドボタルは本州、四国、九州、クロマドボタルは近畿地方以東となっていました。ところが、20087月に山本栄治氏(NPO法人愛媛生態系保全管理理事長)によって、愛媛県久万高原町 二名で、クロマドボタル♂成虫1個体が採集されました。(西日本初記録となるクロマドボタル発見とその後:矢野真志:陸生ホタル研 調査月報6号)このことによって、この種の分布は、近畿以東ではなく、四国にも拡大しました。



 1:採集された個体の標本写真
 (提供・矢野真志)
 左がクロマドボタル
 右はオオマドボタル

 また、オオマドボタルについては、東日本の状況が定かでありませんでしたが、198679日、当時の長野県南安曇郡穂高町 牧で小林比佐雄氏によって採集されていた個体が

前胸赤斑の状況からオオマドボタルと認められます。(日本産ホタル10種の生態研究:P287)

 さらに200510月に伊豆半島の、静岡県賀茂郡河津町で、小俣が採集した23匹の幼虫をその後室内飼育し、翌年6月にそのうちの3匹を羽化させたところ、全て♂成虫でオオマドボタルでした。
 そして、20064月に静岡県掛川市で、太田峰夫・佐々木吾郎・小俣軍平の3名で 採集したマドボタル属幼虫の内6匹を室内飼育し6月に羽化させたところ、3匹が♂成虫で前胸の赤斑から、オオマドボタルと判明しました。
 岐阜県では、20097月に田口仁一氏が長野県境で赤斑が方形の個体を採集しました。

20076月に多摩丘陵で小俣が採集した標本の中に前胸の赤斑が二分された個体が1個体ありました。これはオオマドボタルでした。

 
 以上のような調査結果から、オオマドボタル・クロマドボタルの分布は、201010月現在下図のようになっています。
 
 6:●は、クロマドボタル。 は、オオマドボタル。
 
 注 本土産マドボタル属♂成虫の前胸赤斑紋の変異のいろいろ。
 
 2)本土産マドボタル属幼虫の食餌について


・クロマドボタル幼虫は雑食性だった (20088月・蒔田和芳)
本土産の陸生ホタル幼虫の食餌については、「陸生の貝類が主食」で「肉食性」というのが定説でした。ところが、埼玉県と東京都の狭山丘陵を中心に生物の生態を永年観察記録してきた東京都小平市在住の蒔田和芳氏から寄せられた一連の報告はこれを真っ向から否定するもので衝撃的でした。以下その報告です。

・小型のクモを捕食するクロマドボタル幼虫
 撮影地  埼玉県 所沢市 北野 1丁目(長者峰湿地)
 撮影日時 2006719日 2044分〜45
 撮影者  蒔田和芳

 常緑樹の葉上でクモを捕食するクロマドボタル幼虫の生態写真、進行は左から右へ。

 1:クモを発見、追跡   2:捕獲         3:口に運ぶ       4:丸呑みにする


・アカメガシワの樹液を舐め樹皮をかじるクロマドボタル幼虫

 観察地  埼玉県所沢市 上山口 菩提樹(ぼだいぎ)谷戸
 観察日時 
2008922日午後850分〜23日午前023

 観察者  蒔田和芳



 1:観察地・菩提樹谷戸全景


 2・3:観察したアカメガシワと
 蒔田氏


樹液をなめ、樹皮をかじるクロマドボタル幼虫の組み写真。 進行は左から右へ。
922日午後850分 →
4:           5:          6:           7

                                     → 923日午前023
8:           9:          10                           11
 
 写真について蒔田和芳氏の解説

クロマドボタルが樹液を吸蜜する写真を添付いたします。2頭が吸蜜していましたが、大きな個体は頤を使って樹幹の繊維を噛み切っていたようです。観察察開始直後と4時間ほど経過した写真では、噛んでいた樹幹の一部の形が変わって少し短くなっています。観察中は繊維くずが落ちた形跡がないので、繊維ごと食べたようです。

 この件について蒔田氏は、この他にダニを捕食するクロマドボタルの幼虫、ガの幼虫に噛みつき麻酔をかけたクロマドボタル幼虫の姿などをも発見、観察、撮影し記録しています。この蒔田和芳氏の研究結果は、2009年6月に茨城県つくば市で開催された「日本土壌動物学会」で発表し収録されています。

3)本土産マドボタル属には、種分化が起きているのではないか

本土産のマドボタル属は、これまでクロマドボタルとオオマドボタルの2種が記録されてます。「原色日本甲虫図鑑(V)」黒澤良彦ほか編著 1985 保育社 そしてこの2種については同種説が根強くあります。
ところが、福岡県久留米市在住の昆虫学者 今坂正一氏は長崎県の多良山系五家原岳での独自の調査をもとに、本土産のマドボタル属は2種ではなくてもっと多くの種に分化しているのではないかという論文を、予報として発表しました。この論文は、今坂さんのホ−ムペ−ジと2008228日発行の「陸生ホタル研」5号に掲載されています。

1:

1949124日 長崎県島原市生まれ

1974年 立命館大学理工学部化学科卒業

19942002年 九州大学農学部昆虫学教室に研究生として在籍(研究テ−マ:ジョウカイボン科の系統分類)

所属 日本昆虫学会・日本鞘翅学会・日本昆虫分類学会

 今坂 正一さんのご専門は甲虫目で、国内では12000種が知られています。永年環境アセスメント会社において生物調査に従事しました。その後独立して活動の中心は、野外調査、甲虫の同定、地域ファウナの解明、生物地理の考察等です。これまでに、昆虫に関する論文を300本も発表されてます。

昨年アキマドボタルの論文のことで初めてお世話になって以来、陸生ホタル研の会員にもなって頂き、その後、調査月報には矢継ぎ早に目の覚めるような研究・調査結果を発表していただいております。

今坂さんのホ−ムペ−ジURL(http://www.coleopetera.jp/


2:左が五家原岳で発見された「ヒメマドボタル」
4)本土産マドボタル属幼虫の背板斑紋変異について


・この問題は、以前から「大場信義・後藤好正・川島逸郎・鈴木浩文」等による調査研究があり、この研究の追試が、陸生ホタル研の前身である「板当沢ホタル調査団」発足の契機にもなりました。当時明らかにされていた「本土産マドボタル属幼虫の背板斑紋の変異」
(以下、斑紋変異)は、次の3タイプでその分布については下記のように言われてました。
「日本産マドボタル属幼虫の色彩斑紋パタ−ン」大場・後藤・川島 横須賀博研
1995

 
  @の全紋型は青森県から鹿児島県まで広く分布する。Aの4紋型は中部地方以西に分布する。Bの無紋型は関東山地の陣場山付近、東京都、神奈川県、山梨県の一部にのみ分布する。

・以上の研究調査を受けて、1998年9月〜20073月までの「板当沢ホタル調査団」の調査の結果、明らかになった斑紋変異の状況は以下の通り29パタ−ンで、これらの変異はオオマドボタル・クロマドボタルの種を越えて連続し、五つのグル−プに分かれていました。

1みつかった29の斑紋型模式図(この模式図の原図は大谷雅昭氏の作図)


2五つのグル−プの生息分布図

そしてこれら五つのグル−プの境界には、なぜか日本列島の骨格を構成する大きな地殻構造線が存在していました。

第1グル−プ】

斑紋のパタ−ンは一つで「22紋型A」のみ。分布は、青森県北端から関東地方の「柏崎〜千葉構造線」まで。
 3: 注 私達は、「全紋型」と言われてきたこの斑紋型を「22紋型A」と命名しました。
  上記の29変異の型についても全て名称がありますが、追々記載していきます。



第2グル−プ】
斑紋のパタ−ンは以下の通り7種で、分布の東端は「柏崎〜千葉構造線」で、西は「糸魚川〜静岡構造線」、そのうち関東山地の第3グル−プの分布域と伊豆半島・神奈川県を除く地域。斑紋の変異は左から右へと進行し無紋型で終わる。



【第3グル−プ】
斑紋のパタ−ンは以下の通り8種で、分布は関東山地の西は岩村田〜若神子構造線、南は丹沢・葉山・嶺岡隆起帯に挟まれた狭い地域。斑紋変異の進行は左から右へと進む。



【第4グル−プ】
斑紋のパタ−ンは次の14種で、分布域は東の境界線が糸魚川〜静岡線と伊豆半島から神奈川県、千葉県の房総半島の南端を含む地域、西は本州では兵庫県の由良川〜加古川線まで、四国・九州は、中央構造線の外帯地域で、みつかった五つのグル−プの中では最大です。変異の進行は左から右へと進みます。


【第5グル−プ】

斑紋のパタ−ンは次の14種で、分布は東の境界が兵庫県由良川〜加古川線、四国、九州は、中央構造線の内帯の地域です。変異の進行は、左から右へ進みます。


 この斑紋の変異については、以上の五つの他に、後二つのグル−プの存在が理論上想定され、2007年以降も調査が継続されていました。その結果、今年(2010年)になって2紋型から変異が起こる六番目のグル−プが、静岡県富士宮市の西臼塚を中心にした地域から発見されました。この調査は現在も継続中で、詳細が判明次第ここに記載する予定です。
 残る七番目のグル−プは、6紋型から変異が起こるグル−プですが、このグル−プが本土の何処に生息しているのかは、まだまったく分かっていません。

それから最後にもう一つ、200710月から200810月にかけて山梨県東部の大月市猿橋町で「安藤 晃・小俣 亮・小俣 軍平」等によって行われたマドボタル属広域調査の結果「猿橋町 朝日小沢」を中心に4km×4kmの範囲にクロマドボタルの無紋型の幼虫のみが生息する地域がみつかりました。(詳細は調査月報12

山梨県大月市猿橋町 朝日小沢地区 赤丸が調査地点、黒実線内が無紋型幼虫生息地)

5)同じ親から産卵された卵の孵化に時間差がある

 板当沢での9年間の調査過程で、クロマドボタルの卵の孵化について、時間差のあることが判明しました。このことに気づいたのは、年間260日程、連続して林道端で幼虫を毎晩観察していると、6月末〜7月初めに産卵された卵が孵化して、8月初めに孵化したばかりの幼虫がみつかるのに、成虫の姿のない9月になって間もなく、また孵化したばかりの体長67mmの幼虫がみつかること、さらには、翌年の5月になって、まだ成虫の発生はない時期に、またまた体長68mmの幼虫が発見されるのはなぜだろうか?と疑問をもったことからでした。クロマドボタルの幼虫は孵化した時から大型で体長が67mmもあり孵化したばかりの幼虫は乳白色ですぐ判かります。



 1:蘚類に産卵されたクロマドボタルの卵


 2:孵化したばかりの灰色の幼虫

 6月末に1匹の♀のクロマドボタルから生まれた卵は、次のような時間差を持って孵化します。産卵数は、個体差があって1580個くらいです。

 最初の孵化は、7月末〜8月初め

 回目の孵化は、9月初め〜9月末
 3回目の孵化は、卵のまま越冬し翌年の5月初め〜5月末


6)幼虫の成長速度に時間差がある

 これも八王子市上恩方町の板当沢で7年間、春4月末から晩秋の11月中旬まで延べ9000匹以上のクロマドボタルの幼虫を採集し、毎日体長を記録していった結果判明したことですが、クロマドボタル幼虫の成長速度には次のような時間差があります。

・産卵6月末、7月末孵化、9月中旬に脱皮、翌年の5月末脱皮(蛹)、6月末に羽化(成虫)。孵化〜成虫までの時間は11ケ月。
・産卵6月末、9月孵化、10月末〜11月初めに脱皮、翌年の5月末脱皮(蛹)、6月末羽化(成虫)。孵化〜成虫までの時間は9ケ月

・産卵6月末、翌年の5月に孵化、7月脱皮、翌年の5月末脱皮(蛹)、6月末羽化(成虫)、孵化〜成虫までの時間は2年。

これが、標準型の産卵から成虫までのコ−スです。ところが、この他に、これらの各コ−スをたどって成熟した幼虫の中に、成熟しているのに蛹にならないで翌年まで幼虫で過ごす個体があります。この場合、最長は成虫になるまでに3年間かかります。このような成長過程の時間差は、種の保存のための手段になっているようです。我々人類には真似ることのできない生き残りのための素晴らしい知恵です。
 このような、幼虫の成長速度の時間差は、クロマドボタルだけではなく他のホタルも持っているものと想われますがまだ判かっていません。


7)成虫の発光について

 この種の成虫の発光については、雌雄共に微かな発光のため目視での観察が難しく、「発光しない」と言われてました。しかし、この種の羽化する時期に足繁く現地に通うと、♂成虫の発光を見ることができます。東京都在住の大和田 正氏は、2004612日の午後830分に千葉県富津市の谷戸田奥で、この種の♂成虫が高さ2.5m、巾2.0mの樹木の中を発光しながら飛翔しているのを観察している。♂成虫の発光・飛翔の確かな記録としては、小俣の知る限りこの記録が最初になる。
 
また、幼虫を室内飼育して羽化させると、雌雄共に容器の中で発光が見られます。観察の時に雌雄が同じ容器に収容できれば、観察しやすいです。また、別の方法としては、オバボタルの♂成虫と、クロマドボタルの♂成虫を同じ容器に入れてやると、両種とも良く発光します。次の写真は、日本写真家協会会員の皆越ようせい氏にお願いして撮影していただいた成虫の発光写真です。



 1:クロマドボタル♂成虫の発光


 2:同じく♀成虫の発光

8)幼虫は夜行性ではない

 マドボタル属幼虫の生活については、夜行性と言われてます。しかし、板当沢、紀伊半島(伊勢)、熊本県菊池市、島根県益田市、岩手県岩手郡、青森県むつ市等で観察してみると昼間でも草木上、あるいは落ち葉の上を幼虫がゆっくりと動いている姿をみることがありました。「夜行性である」という誤解は、昼間幼虫を見つけるのが難しく、これに対して夜間は、発光して移動する幼虫を簡単に見つけられることから生じたものと思います。



 3:東京都板当沢午前10時頃(20016月)。


 2:(1の写真に同じ)


 3:
山口県益田市の竹林午前810分(20075月)

 9)幼虫の主な生活場所は草木上ではない

 マドボタル属の幼虫は、夜間に草木上で発光しながら動き回っていることから、他の陸生ホタルの幼虫が地上で生活するのに対して、草木上を主な生活場として棲み分けているという説があります。確かに何処でも草木上に登っている個体をよく見かけますが、その時に同じ場所で、地上の落ち葉の下を調査してみると、落ち葉の中や落ち葉と地面の接点で幼虫がみつかります。また、夜間に目視ではまったく発光が見られない場所でも、竹の熊手を使って降り積もった落ち葉を引っ掻くと発光した幼虫が転がりだしてきます。その数は、草木上に登っていた数よりも多いことすらあります。


10)幼虫が繭を作ることもある

 マドボタル属の幼虫は、生息地でも室内飼育でも落ち葉の下や上で無造作に転がったまま蛹化し羽化します。このことからゲンジボタルやヘイケボタルのように土繭は作らないものと思っていました。ところが、2007525日に東京都八王子市館町で、皆越・石垣・小俣の3人でスジグロボタルの蛹の調査中に、スジグロボタルと至近距離で、地上に作った土繭の中からクロマドボタルの蛹が見つかりました。

右の写真はこの繭を壊して蛹を出して撮影したものです。この蛹は、その後このまま観察をつづけていましたら、何者かに半分食べられてしまいました。この生息地には、クロマドボタルの蛹を食べる生き物が棲息しているようです。そのためでしょうか、こうした場所では、身を守るためにクロマドボタルでも土繭を作ることがあります。

 11)その他

・クロマドボタルの♀は生息地で観察することはなぜか難しく小俣は、観察を始めて12年にもなりますが、まだ生息地で見たことがありません。ところがオオマドボタルの♀は、熊本県菊池市旭志にお住まいの稲葉辰馬氏の観察結果によりますと、竹林や杉林の生息地の落ち葉の上で、産卵や発光の状況が見られるそうです。現場の記録写真も稲葉氏によって撮影されてます。これは40年間ホタル一筋の、稲葉辰馬氏ならではの快挙です。
1:熊本県 菊池市旭志 麓の竹林。オオマドボタルの観察地。
2:地面に無造作に転がって蛹化したオオマドボタルの♀の蛹と、前蛹状態で発光しているオオマドボタルの幼虫。(1,2とも観察・撮影稲葉辰馬)

・幼虫の食餌については、蒔田氏の観察記録の発表を受けて全国各地で、いろいろな方が貝類以外の物を食べさせて飼育しています。試食させたものは、リンゴ・バナナ・カキ・スイカなどの果菜や果物があります。また岐阜県在住の田口仁一氏は、海浜から拾ってきた流木の木片を飼育容器に入れておいたところ、海水が乾いて塩が吹き出し、クロマドボタルの幼虫が、その塩を舐めているのを観察しています。

3:リンゴを食べる(小俣)。   4:バナナを食べる(蒔田)。   5:カキを食べる(小俣)

・それからこれも岐阜県の田口仁一氏の研究ですが、クロマドボタルの♀成虫は、周囲の環境の色彩によって、体色を変えることがあります。カメレオン程顕著ではありませんが室内飼育で飼育容器の中のものを変えて見ますと、確かに変色します。皆さん方もどうぞ追試をしてみて下さい。 以上



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このつづきは、オオオバボタルとオバボタルの生態です。現在、工事中です。ご期待下さい。