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活動報告 
 




 これまでの3年間の調査活動の結果を
 種別にまとめて報告します。

スジグロボタルの蛹を撮影中の皆越ようせい氏   

(2011.2.13「報告2.本土産オバボタル属オオオバボタル・オバボタルについて」を掲載しました)

  陸生ホタル生態研究会は、板当沢ホタル調査団(いたあてざわ)(
1998年9月〜20073月)の調査研究遺産をそのまま引き継ぎ200710月に発足した研究会です。板当沢の時には調査研究は、もっぱら板当沢中心に進めてきましたが、陸生ホタル研になって、南西諸島を除く各地の研究者・ホタル大好きというアマチュアの方々に参加して頂きました。活動領域は本土全体に拡がり、調査と研究も急速に深まり進展してきました。
 以下、ここではこれまでの3年間の調査活動の結果を種別にまとめて報告します。調査結果の詳しい内容は、これまで調査月報「陸生ホタル研」に掲載してきました。それを今度は、ホ−ムペ−ジの調査月報の欄にも順次公開していきますのでご覧ください。

― これまでの掲載 ―
報告1.本土産マドボタル属の生態について ※本文はこちらをクリック
報告2.本土産オバボタル属オオオバボタル・オバボタルについて
1 はじめに

 本土産のオバボタル属については、オオオバボタルLucidina accensaとオバボタルLucidina biplagiata)、この他に岐阜県を中心にした地域から「コクロオバボタル」の棲息が確認されています(大場・後藤)。私達は、コクロオバボタルについては、まだ見たことがなく調査はしたことがないので、会としては資料はありません。

 オオオバボタル・オバボタルの2種については、板当沢林道がこの種の生態研究について比較的やりやすい環境でしたので、9年かけてその生態のあらましを解明できました。以下、その調査結果と調査にまつわる悲喜こもごものエピソ−ドを織り交ぜて報告します。

2 オオオバボタル


1)分布

 この種の分布は、黒澤良彦他編著「原色日本甲虫図鑑(V)」1985 保育社によれば本州・四国・九州。北海道からはまだ見つかっていない。

2)成虫

 大きさは、ゲンジボタルを小ぶりにしたくらいあり、本土で見られる陸生ホタルの中では一番大きい種です。体の長さと同等の太くて長い黒色の触角、前胸背には楕円形の濃い桃色の紋がある。上翅は、黒色で細かい毛が生えている。♂成虫は、山地の林道や林内を56mの高さで2050mを一気に飛ぶ力を持っている。他のホタルが敬遠する山林内のブッシュも一向に気にしない。

 ♀は、見かけ上の形態は♂と同じ。体長は♂よりも大きく触角は少し細く短い。♂成虫ほど行動は活発ではなく早朝に草木の葉の上や放置木の上で静止している姿をよく見かける。

 ♂♀共に腹部7節に小さな二つの発光器がある。これまで成虫は発光しないと言われてきた。しかし、板当沢での観察結果では、放置木の中で羽化したときには弱いながらも確かに発光している。また、その後の小俣の室内飼育による観察では、羽化直後ばかりでなくその後の生活でも♂♀共に発光を確認した。ただし、この発光が生殖行動に関係するかどうかは観察できていない。

4図 発光する♂成虫

撮影 
日本写真家協会会員 皆越ようせい

 東京都の高尾山周辺では、6月の末から羽化が始まり7月の上旬まで2週間ほどつづく。成虫になるための脱皮は深夜から早朝にかけて放置木のカミキリムシの穿った穴の中で行われ、脱皮後23日間は木内にとどまりその後夜明けと共に外に出てくる。♀は放置木や近くの草木の葉の上に出て♂を待つ。この時にフェロモンを放出するらしい。♂は、早朝放置木を離れると共に付近を飛翔しながら♀を探す。飛翔力は抜群で、4050mを一気に飛ぶ。羽化は毎年♂の方が先に始まり56日遅れて♀が出てくる。羽化してからの成虫の命は♂が67日、♀が10日間くらいと思われる。正確なことはまだ判らない。

3)産卵 

 この種の産卵については、フィ−ルドでの観察例が板当沢での9年間に3例しかない。

これは、この種の羽化する時期には、オバボタル・オオオバボタル・クロマドボタル・ムネクリイロボタル4種が林道沿いで同時期に羽化して、この生態観察が同時進行で林道上で毎日行われる為に、この種だけに長時間取り組むことが困難だった事情による。

 上掲の5図・7図とも早朝、放置木に産み付けられたもので、5図の方はぼろぼろに腐蝕し蘚類の生えたスギの放置木の割れ目に丹念に一個ずつ産み付けられたもの、7図は、コナラの風倒木、倒れてから3年ほどでまだ樹皮も付いていた。樹幹も腐蝕は進んでいなくて、堅い状態だったが一部樹皮が剥がれて割れ目が露出している所に丹念に一つずつ産み付けられたもの(6図が原木の写真)。落ち葉や、地面に産み付けられたものは見ていないが、生息場所の自然環境によって、彼らは多様な場所に産卵しているものと思われる。倒木や放置木の樹幹にのみ産卵すると断定することはできない。産卵数は、個体差があり3050個ほど、卵は黄色味がかった白色で、径1mm程、産卵された卵が孵化するまでには2030日かかる。

4)幼虫は何処で生活しているのか

 1998年に板当沢でこの種の調査を始めた時は、全長1.8kmの林道に観察用の距離標識を50mごとに立て、幼虫と成虫の分布状況を、1mごとに記録するようにした。その結果、成虫の姿をよく見かける場所はおいおい判ってきた。しかし、幼虫は何処にいるのかまったく判らなかった。

 調査経験のある研究者に聞くと、「浅い土の中ではないか・・・」「林道端に放置されている木の下ではないか」というご意見がほとんどだった。そこで、林道沿いのこの種の成虫が良くみつかる場所の地面を浅く掘って調べたり、土壌を篩にかけて調べたりした。それから成虫を見かける道端で、放置木の転がっている所では、丸太をとってその下の地面を徹底的に調べた。しかし、この手の調査では幼虫は意に反してまったく見つからなかった。

 ただ、足繁く板当沢に通い連日観察調査を根気よく続けていると、この種の幼虫が少しずつ見つかるようにはなってきた。4月中旬からクロマドボタルの幼虫の休眠明けの調査に林道を歩いていると、クロマドボタルの幼虫が発光し始めて67日遅れて、4月末から5月の10日くらいまでの期間、林道端や林内に転がっている放置木(腐蝕して蘚類の生えたもの)の上をゆっくりと発光しながら歩いている。

 その後、初夏(5月中旬)〜9月末までは、こうした姿があまり見られなくなり、秋になって10月に入ると、クロマドボタル幼虫の観察中に、再び春先と同じように放置木の上をゆっくりと発光しながら歩いているこの種の姿をしばしば見かけるようになる。しかし、私達は、この時はまだ何も知らず「土の中にいる幼虫が夜間に出て来て放置木の上を歩いているのだろう」とばかり考えていた。

 転機が訪れたのは、2000429月午後840分、俣川恭輔と小俣軍平の二人でクロマドボタルの休眠明けの幼虫調査のため林道に毎晩通っていた時のこと、8図の所にさしかかった。ここでは、前日の428日の晩もオバボタル属の幼虫がスギ丸太の上を1匹歩いているのが見つかっていたので、再度見つかるかもしれないと思ってスギ林内に入ってみた。と、前日の丸太から1mほど離れた所にあるスギ丸太から針で突いたような微かな光が見えた。照明をつけてみると、光りは、小さな穴の中から出ているようだった。そこで、穴の周囲を取り崩してみた。すると小さな穴の中からオバボタル属の幼虫の尾端が見えてきた。まだ、冬期の休眠から完全に覚めてはいないようで、ぐったりしていた。穴の中で何か食べていたのかもしれないと思い、念のため穴の周囲を取り崩して調べてみたが食餌の形跡はなかった。

8図
9
10

この年の春は、上記のようにあいついで幼虫が見つかったので、この2匹を生息地の現地でできるだけ自然に近い状態で飼育して、日常の生息場所や食餌の問題を調べてみることにした。飼育観察用に作った箱は、杉の板で90cm×70cm×12cm底のない箱で片面に藤田隆明氏が工夫した捕虫網を切って被せた。

箱の設置に当たっては、幼虫のみつかった場所に箱の大きさに合わせて溝を掘り、中になる部分には手をつけずに自然のまま残し、幼虫が休眠していた丸太はその一部を切り取って二箇所に分けて箱に入れた。

箱の外側は、細かい腐葉土を運んできて丸太で突き固めて幼虫が潜り出さないようにした。お願いの標識を立てて作業は終わった。一番心配したのは、林道からはっきり見えるところにあるので、入山してくる人にいたずらをされないかと言うことだった。しかし、結果的にこれは杞憂でそのようなことはまったくなかった。

 箱は、このまままったく手をつけずに527日までの27日間放置した。この時期は毎晩クロマド幼虫の観察に出ていたので、毎夜一度は箱の状態を覗いた。もしかして幼虫の発光が箱の中で見られるかも知れないと言う期待を込めて、しかし、それは一度もなかった。
1図 
底のない箱(90×70×12)を埋けるために方形に溝を掘った状態。ここには貝類は無し。

2図 
蛹化の実験もかねて付け加えた放置木
2本。上辺と右辺の材木。ここにはミミズはいた。

3図 
2
図の箱を埋めてネットを張った蓋をした状態

4図 
設置した場所の自然環境 林道
1050m地点 オオオバボタルが生息している北向きの斜面

  527日の午前中に、藤田隆明・小俣軍平の二人で恐る恐る、箱を開けてみた。もしかして幼虫が土繭を作っているかも知れないので、表面の落ち葉を慎重に一枚一枚取り除き、土壌を少しずつ掘崩して調べた。幼虫の食べ物を調べる関係から、箱の中の土壌動物は全て採集するようにした。狭い箱の中ですが夥しい生物が生活していた。箱の中からは石の間に頭を突っ込んだ形でオバボタル属幼虫が1匹みつかった。蛹にはなっていなかったが、とにかくこの箱の中で元気に生きていたことに感動した。昼過ぎまで二人で根気よくやったが、作業は進まなかった。そこで残りの土壌は深さ15cmまで掘り出して袋につめ、丸太も二本回収して小俣が持ち帰り翌日1日がかりで土は篩にかけて調べ、丸太は取り崩して調べてみた。 その結果、丸太の1本の年輪を二つほど剥いだ下のカミキリムシが穿孔した穴の中に、オバボタル属の幼虫が1匹「つの字」形に丸まって前蛹状態に入っているのがみつかった(資料写真)。尾端から発光していて、掌で囲って覗くと日中でも緑色がかった光りが確認できた。これで飼育した幼虫2匹はみつかった。

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箱の中の土壌からみつかった生物

1 ミミズの一種      25匹  ●目視では採集できない種が土の中深く沢山いるようです。

                    その点は不明です。

2 ヤスデの一種      11匹

3 ワラジムシ       23匹

4 ダンゴムシ       28匹

5 ムカデの一種      12匹

6 アリの一種       43匹  ●調査中に逃げた個体がかなりあった。

7 ダニの一種       多    ●多すぎて取り切れなかった。種不明。

8 センチュウ       多    ●小型のものは取りきれなかった。種不明。

9 昆虫の幼虫       4匹   ●種不明

10 昆虫          匹   ●種不明

11 クモ          多    ●大小さまざまでした。逃げたものがたくさんあった。不明。

12 陸貝類         13  ●殻長1〜2mmの小型のものばかり生貝はいなかった。

13 トビムシの一種     多    ●種不明で、ほとんど逃げられてしまった。

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  まだ、前蛹状態になっていなかった幼虫に、箱の中にいたミミズの1匹(体長4.5cm)をバットにとって食べさせてみることにした。ミミズがくねくねと暴れるのでハサミで二つに切った。昼間であることとバットの中であることから心配したが、切って与えた一方に噛みついた幼虫は、ル−ペで覗くと顎を動かしてミミズを食べていた。食べ始めが午後330分で、その日の夜の午後1040分にはすべて食べきった。

5図 バットの中でミミズを食べる幼虫   6図 スギ丸太のカミキリの穴の中で前蛹状態に入っていた幼虫 

このことによってオバボタル属幼虫がミミズを食べること、放置木のカミキリムシの穿った穴を使って蛹になるらしいことも判ってきた。初めてのささやかな実験だったが大きな成果が得られた。

5)厳冬期の追試の調査

上記の結果が出た翌年、20012月、板当沢林道には残雪が15cmも積もっている時期に研究者から、「オオオバボタルの幼虫が何処で越冬しているのか確かめたいので、板当沢を案内してくれないか」という連絡が来た。

 そこで、板当沢ホタル調査団として事務局長の小俣が研究者を案内して、これまでの調査結果をつぶさに説明し、ご理解をいただくことにした。当日は、天気は晴れだったが、日中の気温が4℃、林道の残雪は15cmほどあり凍りついていた。林道の1530m地点、オオオバボタルの成虫・幼虫を調査している所の雪の中から放置木(径20cm×長さ2m)を3本掘り出して林道上に敷いたシ−ト上に並べた。そして、がちがちに凍りついたスギの放置木を取り崩し中にオオオバボタルの幼虫がいるのかどうか調べた。きつい調査だった。小1時間も凍てついた放置木を打ち砕いていたらやっとオバボタル属幼虫が1匹出て来た。

1図 放置木の転がる林道の法面の状況 2図 林道の全景     3図 調査した放置木
凍結した放置木の中で幼虫は凍結することはなく、静かに眠っていた。突然外気に曝されて目を覚まし、緩慢な動作で危険を避けて隠れようとした。 この寒さでもまだ動けるのは凄い。

たった1匹だったが、この日の調査でオバボタル属の幼虫は、板当沢の場合、冬期に腐蝕した放置木の中で越冬していることが判明した。研究者からの厳しい追試の要求だったが、幸いにも幼虫がみつかって本当に幸運だった。





こんなことがあって、
2001年にはこれまでの苦労が嘘のように、放置木の中から次々に幼虫が見つかるようになった。そのうちの2例を写真で紹介する。

10(カミキリ虫の穿った穴 中央)          11図(10図の所を剥がすと・・・・)
                          撮影 皆越ようせい

12図(カミキリ虫の穿った穴 左側)         13図(12図を剥がすと・・・・)

 
 そして、200261日のこと14図の荒れた杉林内の林床に転がるスギの腐蝕した放置木の中から、生息地としては初めて前蛹状態の幼虫が1匹見つかった。

荒れた杉林とその林床の様子。中央左手の奥に見える放置木、これをアップしたのが15図。丸太の中央、短冊形に蘚類の生えている所を剥ぐとその下から、前蛹状態の幼虫が出て来た(16図)

16
そこで、剥いだ木片で蓋をして元の状態に戻して、この幼虫をこの場所でこのまま毎日観察を続けることにした。だが、これについてはいくつかの気になる点があった。

・木片を一度剥いだので、元に戻しても中が乾くのではないか。それで死んでしまうのでは・・・。

・放置木の中にはいろいろな生物がいる。それらの生き物に幼虫が食べられるのではないか。
などなど・・・しかし、そうした心配をこえて、とにかくやってみることにした。

 6)幼虫が蛹になり成虫になるまでの記録(2002年6月2日〜622日・20日間)
62日 1日目体長22mm 前蛹状態。       63日 2日目・脱皮して蛹になった。

64日 3日目・アリの襲撃もなし、安心。     65日・4日目・ぱっちり眼がこちらを見つめる。

乾燥状態も起きない。               記録とはいえ毎日覗くのは気の毒に思う。


66日 5日目・珍しく側板を下にしている。    67日 6日目・頭の位置が180度入れ変わって
この姿態はあまり見かけない姿態。          背板を下にする。このところ雨続き。


68日 7日目・体色は変わらずピンクと象牙色。    69日 8日目・尾端の光りは早朝でも目立つ。


610日 9日目・お尻を突き出して発光する。     611日 10日目・今朝は頭部を突き立てる。


612日 11日目・この種の蛹は全身は光らない。   613日 12日目・体の色の変化はまだ見えない

 

614日 13日目・羽・前胸・触覚の色が変化する    615日 14日目 逆立ち、腹部突起も変色。

 

616日 15日目・胸部が黒くなってきた。      617日 16日目・昨夜記録の為の撮影で

                    長時間 フラッシュを浴びた。でも元気!


618日 17日目・逆立ちつづく、羽化が近づいて   619日 18日目・腹部も変色、明日は羽化?
 いる。


620日 19日目・羽化、万歳!万歳!        621日 20日目・上羽が堅くなった。

触覚はまだ伸びない。                尾端の発光器から光りが漏れる。撮影した!


 622日 21日目・触覚も伸びて外に出られる    623日 22日目・早朝650分、中を覗くと
 状態になった。結果的にこれが最後の姿。      脱皮殻だけ残っていた。たかがオオオバボタル
                          されどオオオバボタル。感動の余韻に浸った。


【注】
オオオバボタルの蛹を生息地の現場でこれほど見事に撮影した写真は、他には無いとおもう。♂の蛹。 

撮影地 東京都八王子市上恩方町板当沢林道 1120m地点
・撮影日
 2002616日(蛹化して15日目)

・撮影  日本写真家協会会員 皆越ようせい

 

7)オオオバボタル・オバボタルの幼虫

 話の順序が混乱したが、ここでオオオバボタル・オバボタルの幼虫について少し詳しく報告する。

1図 オオオバボタルの幼虫              2図 オバボタルの幼虫

上図 12:のように、この種の幼虫は前胸背板の「川」の字形の3本の線を始めとし色彩、形態とも酷似していてまったく違いが見つからない。ホタルの幼虫について研究しておられる「林 長閑先生」にお聞きしても、「違いは見つからない」と言われる。

 生まれたばかりの時は、体長1.2mmくらいで、薄い小豆色をしている。小さい上にひどく背光的、そのため、生態研究用に卵を容器に入れて室内で孵化させると、孵化直後に容器の壁面に付いた小さな水滴に頭を突っ込み、水滴の表面張力で頭を抜く事が出来ずにばたばたと窒息死することがおきる。このため、小俣は、まだ卵から幼虫・成虫まで、室内で飼育観察したことがない。

 背板は葡萄色をしていて、側板や腹板は黄色みがかった白色をしている。触角は短く、頭は通常胸の下に引っ込んでいる。上述のように前胸背板には、川の字のような3本の線があり、腹部の7節目、背中のほうに左右一対の発光器があり、夜間には緑色がかったかなり強い光りを出す。この光りは昼間でも林内のような暗い所だと、はっきりと確認できる。

 見た目の形に違いが見つからないので、私達は、幼虫が腐蝕した切り株や放置木の中でみつかった場合は、オオオバボタル、地表や地中、落ち葉の下などから見つかった時にはオバボタルというようにして見つかった状況で区別している。

 しかし、初夏5月の初旬〜中旬、秋、10月の中旬〜下旬の季節には、オオオバボタルの幼虫も夜間、希に地上を歩いていることがあるので、この時期には紛らわしくなる。

 幼虫の形態と同様に蛹の形態も大変良く似ていて、目視で見る限り両種の区別ができない。ただ、オオオバボタルは朽ち木の中で蛹化するのに対して、オバボタルは後述のように浅い土壌中で蛹になるので、この時点では区別できる。

 

8)幼虫は何を食べているのか

 陸生のホタル、幼虫の食餌について現在ではネット情報が広く知れわったって、「陸貝類だけ食べているのではない」と知られるようになったが、私達が板当沢で調査を始めた1998年〜2000年当時は、陸生のホタルの幼虫の食餌と言えば「オカチョウジガイ」と言うのがお決まりだった。そんな時代だったので、私達も、初めは貝類だけを食べていると思っていた。

 事実、調査の過程でクロマドボタルやムネクリイロボタル・カタモンミナミボタルの幼虫が貝類を食べていることが観察できたので、オオオバボタルもオバボタルも幼虫は陸貝類を食べているのだろうと思いこんでいた。

 ところが、見つかったオオオバボタルの幼虫を室内で飼育してみると、貝類を常時かたわらに置いてもまったく手を出さなかった。思い出すと今でも可哀想なことをしたと涙がこぼれるが、この種の食餌を調べるために、幼虫に陸貝と水だけを与えて室内飼育を試みました。貝類を食べることのできない幼虫は、水分だけを採って3ケ月生き続けて飢え死にした。このことによって、当時常識のように言われていた「陸生のホタルの幼虫は、陸貝類を食べる」と言う説は、本土産のオバボタル属のオオオバボタル・オバボタルについては適切ではないと考えるようになった。

 それでは、オオオバボタル・オバボタルの幼虫は、ミミズだけを食べているのかと言えば、それは時期尚早だと思っている。上記の観察例にもあるように、この種の幼虫が好んで生息する場所には、多種、多様、夥しい数の土壌動物が生息している。これらの生き物を捕食している可能性は否定できない。さらなる調査研究が必要である。

3 オバボタル


1)分布

 この種の分布は、北海道・本州・四国・九州・朝鮮半島・サハリン・千島・(黒澤良彦ほか編著「原色日本甲虫図鑑 V」 1985 保育社)と言われている。

 

2)生息環境

 生息地は、1600mを越えるような山地から、人里近くの農道端や丘陵部の二次林内、社寺の境内、街中のそそとした残留緑地などでも数は多くないがみつかる。本土産のホタルの中では、最も多様な環境に適応して逞しく生き抜いているホタルだと言える。

 上記の2図ですが、これは、201073日の朝9時過ぎに、静岡県富士宮市、静岡県立富士山麓山の村の管理事務所前の駐車場で撮影したもの。この朝、駐車場前の土手の芝生から数十匹のオバボタルが羽化していた。

この施設は、500人を収容する中・高校生向けの自然体験学習の施設ですが、富士山麓の原生林を切り開いて造成されたもので、この駐車場もブルドウザ−が大地を削って盛土をし、芝生を貼り付けたものと想う。そのため近くの原生林から造成後ここにオバボタルが飛翔してきて産卵し棲みついたとは考えにくく、恐らくブルドウザ−が運んできた土壌の中に幼虫が入っていたのだろうと思う。

 管理事務所の職員で、ここの芝生の手入れを日常的にしている方に聞いてみると、陸貝類の姿を見たことはなく、ミミズは沢山生息しているという。南向きの斜面で陽光がまともに降り注ぐ所ですから、生息環境としては、かなり乾燥するところ。こんな所でこの種が多発生するというのは、主食がオオオバボタルと同様にミミズであることが大きく関わっていると思う。
 

3)幼虫はどこで生活しているのか

この種の幼虫は、日常的には浅い土の中で暮らしているようです。板当沢での連日の夜間の観察時に竹の熊手で落ち葉を掃いての観察ではみつからなかった。しかし落ち葉を掃いた後、地面を浅く引っ掻いた場合に幼虫が発光して転がりだしたことは、8年間で9回あった。

夏の間小雨の降るような晩にムネクリイロボタルの幼虫が林道上を歩いていることがある。この種も小雨の降る晩にムネクリイロボタルほど数は多くないが、希に地面や石垣の蘚類の上、落ち葉の上などをゆっくりと発光しながら歩いていることがある。この場合は目視でみつかる。板当沢時代にマドボタル属の広域調査で小俣が、青森、秋田、岩手、山形、山梨、長野、富山、福井、三重、静岡、和歌山、京都、鳥取、島根、愛媛、香川、宮崎の各県に出かけたときにも同じ場面を何度も体験した。板当沢の特殊な例ではない。

特異なケ−スとしては、2010年9月のこと、伊豆半島の加茂郡東伊豆町で蒔田・石垣・小俣の3人でスジグロボタルの幼虫の調査中に、湿地の中で発光しているスジグロボタルの幼虫を土壌ごとすくい取って水を入れたバットに詰めて持ち帰ったところ、この泥の中にこの種の幼虫が1匹入っていた。体長6mm程のこの種の幼虫は水の中でも死ぬことはなかったが、スジグロボタル幼虫の暮らしている湿地の中に何のために入っていたのか不思議な出来事だった。

スジグロボタルの幼虫がたくさん発光していた湿地は木立の向こう側
5図はバットの中に入っていたオバボタル体長6mmの幼虫、この写真は水の中からすくい上げて落ち葉の上に載せて撮影したもの。

  それから、同じくこの日の夜にこの場所の林道沿いの法面で蒔田和芳氏が見つけたオバボタルの幼虫ですが、林道から4mほどの高さでほぼ垂直に切り立った濡れた泥と岩石だけの草のない場所に発光していたそうです。土の隙間に頭を入れて何かを食べている様子だったそうです。
6
東伊豆町の調査地の林道風景
7
岩盤上のオバボタルの幼虫
撮影 蒔田和芳
 

4)幼虫はどこで蛹になり羽化するのか

 板当沢林道で毎年観察していると、1.8kmの林道でオバボタルの成虫はほぼまんべんなくみつかっていた。中でも比較的数が多くみつかる場所が4ヶ所ほどあった。この場所については、越冬の時期・蛹化の時期に集中的に幼虫の棲息状態の調査をした。

 次の89図はその中でも一番多く幼虫がみつかった場所(770780m地点)。しかし、前蛹状態の幼虫がみつかった2002年の72日の夜の時には、土壌ごと小俣が家に持ち帰りバットの中で飼育してみたが、脱皮の時に失敗し成虫にはなれなかった。採集時に小さな体のどこかに怪我をさせてしまったらしい。

8
調査した翌日の朝撮影、
調査者の俣川恭輔氏
9
この時みつかったオバボタルの
前蛹幼虫
  200563日にこれで最後の調査と言うことで、10図の黒丸の法面を調べた。11図は、黒丸の所を正面から見たところ。黒枠(90×110cm)の中を草を刈り取って木のへラで慎重に深さ35cm土壌を掘り進み幼虫を探した。
  その結果、11図の小さい黒丸の所からそれぞれ1匹ずつオバボタルの蛹がみつかった。2匹とも土繭は作らず浅い土壌の隙間で蛹になっていた。ただ、この場所は法面が柔らかい腐葉土で覆われていて、調査前に草の刈り取りをしたので、その際土繭が壊れた可能性もある。その点については今後の調査課題。

12
図 オバボタルの蛹 ♀
 1213図とも 撮影 日本写真家協会会員皆越ようせい。この時も皆越さんに多忙な日程を割いて記録写真を撮っていただきました。紙上を借りて厚く御礼申し上げます。いつも有り難うございます。

13図
 オバボタルの蛹 ♂
 現在でも、生息現地で、オバボタルの蛹を自然の状態で撮影したこれほど美しい写真は他にはないと思う。体長は♀が13mm、♂が11mmだった。小さい割には蛹の尾端の光りは予想以上に明るく、日中でも掌で囲むと目視で確認できた。この蛹はこの後3日して、この場所で羽化した。したがってこの撮影時点の蛹は、蛹化して18日くらい経過していたものと思う。オバボタルもオオオバボタルも蛹の期間はほぼ同じで、板当沢だと3週間前後になる。

14図・15図はみつかったその日に小俣が撮影したもの。フリ−ハンドでピンボケの写真ですが、みつかった状況はある程度分かっていただけるかなと思います。14図の♀は見た目にも土壌の隙間ですが、15図の♂は土繭を作っていて、草刈りをした際に土壌が揺さぶられて繭が壊れて露出した様にも見える。何とも断定はできない微妙な状況でした。

 これらの調査に関連して、もう一つ、2002年の628日に板当沢林道1050m地点でクロマドボタルの蛹化の調査をしていた際に次のような発見があった。


16
浅い土壌の下の隙間からみつかったオバボタル
♂成虫


17

同じく浅い土壌の下の隙間で羽化していた
オバボタルの♂成虫。

 この時は、クロマドボタルが毎年よくみつかる場所で蛹の調査をしていたのですが、皮肉なことにクロマドボタルはみつからず、代わりにオバボタルの♂成虫が土壌の中からみつかった。2匹とも上羽に土がついていることと、飛ぶことがまだできないようだったので、土の隙間で羽化して2日目くらいではなかったかと思う。上記の蛹の結果と付け合わせて考えてみると。オバボタルの蛹化、羽化は板当沢の場合浅い土壌の下の隙間で行われる様に思われる。


5)オバボタル雄成虫の探雌行動について

                                

@ 夜間の発光と探雌飛翔

この種の成虫は雌雄とも室内で観察すると、うす赤色のぼんやりとした連続光を出す。しかし、これまで生息地でこの種の成虫の発光を夜間に観察したことはなかった。

1999610日に板当沢林道400m地点でこの種の多発生が起きた時に当日の日中に観察できた260匹の雄が、夜間も発光しながら活動するのかどうか、午後8時から午後930分まで、日中観察したのと同じ場所で灯火を消して観察してみた。しかし成虫は姿を現さず発光もなく、飛翔行動も見られなかった。日中に成虫が沢山飛び回っていた法面をざっと落ち葉を掃いて調べてみたが成虫の姿は無かった。別の場所に移動したようにも思えないのだが、落ち葉の下にもいないとなるといったい何処へ行ってしまったのかよく判らない。不思議な状況だった。

A 雌のフェロモンと雄成虫の行動

● 板当沢での観察

 この種の雄が雌の放出するフェロモンをどのように捉えて交尾に至るのか、板当沢林道で発生期に、雄成虫の動きを目視で追いかける形で毎年取り組んでみた。早朝に、雄成虫が低い草木上に止まっているのをみつけると、その側で飛び立つまで待って、追跡する方法である。いうのは簡単だがこの追跡は難しい。雄成虫は飛び立つとほとんどの場合、低い高度で周辺のブッシュの中へ飛び込む。そうなるとブッシュの中のどこへ着陸したのかほとんど判らない。

たいした深さのないブッシュのときは、飛び込んだあたりを手でブッシュを分けて探して見るのだが、何回やってもみつかったことがない。飛翔距離は35mと短いが、生息地が薄暗がりのような場所なので目視の追跡は著しく困難である。


● 多摩丘陵での観察

 ところが、観察を始めて9年目、2007611日に多摩丘陵の一角で絶好の場面をみつけてこの種の♀フェロモンの効きぐあいをつぶさに観察し記録することができた。以下その時の記録である。

・観察地     東京都八王子市 堀之内 市立長池公園内の遊歩道

・観察年月日   2007611日午前1035分〜午前1145分まで。

・観察者     小俣 軍平
・当日の気象条件 天気晴、気温24℃、地温20℃、湿度53%、
         風なし(午前
1045分)
・観察内容    オバボタルの発生地で雄成虫は、どの様な探雌行動をするか。

・観察結果


1図
観察地の全景


2図
観察地の全景見取り図・観察した個体の位置
 この公園は多摩ニュ−タウンの一角にあり、多摩丘陵の二次林にあまり手を加えず自然形の公園として造られたものである。したがって、植物が約600種、昆虫類が1000種近く生息している。ここはその中にある遊歩道の一つで、幅190cm、斜度は、57度、土留めに使われている角材は、幅14cm、高さ14cm、長さ180cm。土留めの角材の間隔は150cm見取り図の1番目の土留めから奥の記号「●8」の所まで約16m。平日は、あまり人は通らず、休日にはジョギングや散歩をする人が時々通る。この日は平日で観察時間中も人は通らなかった。

・観察数8匹の内訳は、雄が4匹、雌が1匹、雄雌の確認ができなかったもの3匹(●印)、ただしこの3匹は、飛翔していたので、状況的には90%雄成虫と想われる。この内行動のすべてを観察したのは、「♂4」と「♀5」の2匹で、他の6匹は発見時とその後、は「♂4」「♀5」を観察中に2〜4回存在を確認しただけ。

・小俣は観察路を上から降りていったので、「●8」の個体をみつけたのが午前1035分、「♂4」の個体をみつけたのは午前1045分だった。 この時にはまだ、「♀5」の存在には気付いていなかった。「♂1」〜「♂4」までの成虫は、発見したときには皆同じで、上の半径20cmほどの範囲を、触角を振り振りせかせかと歩き回ったり、時々低く短い距離を飛翔したりしていた。そこで、この4匹の雄成虫の内、最も観察しやすい場所にいた「♂4」を集中的に観察することにした。近くに雌がいるはずだと考えたからである。この後の「♂4」の交尾に至るまでの行動経過は、次の通りである。

・午前1045分… 「♂4」を発見 
・午前1053分… ○Aからせかせかと地上を左回りに何回も周回しながら次第に○Bの方に移っていく。
・午前1102分… 同じ行動を繰り返しながら次第に○Cの方に移っていく。時々低く飛翔する。しかし遠くに行くわけではない。
※この時、周辺を見回して、下から2本目の土留めの角材のほぼ真ん中壁面にオバボタルの雌が、上向きに静止しているのを発見した。状況からすると、この時に飛んできて静止したのではなく、以前からここにいたように思われる。 雌は微動もしない完全な静止姿勢だった。「♂1」〜「♂3」は時々低く飛翔する。離れているので細部までは判らない。

・午前
1110分… ○C、○Dへとせわしなく周回を繰り返し、時々飛翔したりしながら、位置を移して行く。移動の方向が左に90度ほど変わる。
・午前1115分… 低く飛翔し○Eに移る。「♀5」の位置まで直線距離で90cm。「♀5」は、まったく変化なし。微動もしない。
・午前11…   ○E〜○Fに地上を歩いて移動する。この時点で土留めの材木の上に達した。「♀5」までの直線距離は約50cm「♀5」まったく動かず。
・午前1118分… 角材の上を歩いて「♀5」のいる上に到着する。一時静止して触角を盛んに振り回す。その後「♀5」の壁面の左側から壁面を下り、「♀5」の周囲を左回りに2周する。
・午前1120分…  3周目、壁面の上から「♀5」に近づき、前足で上翅を撫でる。「♀5」の体が少し動く。左側に回って上翅や前胸背を前足で撫でる仕草を数回繰り返す。
・午前1121分… 後ろからマウントして交尾に成功する。

ここまでの所要時間36分。

「♂3」は、同じ場所で、周回と短い飛翔を繰り返している。「♂1」は、上部に80cmほど移動して地上をせわしなく周回していた。●6〜●8は、姿が見えなくなった。

● 観察結果の考察

まず、問題になるのは、「♀5」が、いつからここにいたのかという点であるが、これは、上述の通り、周囲の状況から推察して、「♂4」を発見した時点で、すでにこの位置にいたものと想われる。そうすると、「♂4」と「♀5」の間は、直線距離で2mたらずであり、また、「♀5」から「♂3」までは、160cm程である。ところが、「♂3」は、その後の行動を見ても、まったく「♀5」に接近してきていない。「♂4も」「♀5」に気付いていないようだ。もしも気付いていれば、ただちにその方向に直線的に迷わず歩いていくか、飛翔して、「♀5」の所に行くはずである。この場合「♂4」は、そのような行動をとっていない。
 次に「♂4」が、午前1110分に○D地点に達して、進行方向を90度左に変えたことについて。これは、「♀4」のフェロモンをキャッチして変えたのか、それともキャッチはしていなくて偶然に90度変えたのか、という点である。私は、気づいていないように思う。「♀5」までの距離が90cm、気付いているならただちに飛翔して接近するはずである。ただ、「♂4」が「A」から「D」までの所用時間が25分要したのに対してその後「♀5」地点につくまでの所要時間は5分である。距離はほぼ同じなので、これはやはり何らかの予兆をキャッチしているのではないかとも思う。「♂4」は、偶然に方向転換した後、雌のフェロモンを捉えたらしい。これは距離にして90cm以下である。
 一方「♂3」は、この時点でも、最初と同じところで、周回と短距離の飛翔を繰り返していた。「♀5」から「♂3」までの距離は約160cm、依然として「♀5」に気付いた様子はみられない。つまり、距離160cmでは、雄は、雌の放出するフェロモンを捉えることができないのではないかと思われるが、どうだろうか。
 今回のように何も遮る物のない所、しかも2mという至近距離で、オバボタルの4匹の雄と雌1匹をめぐる雌雄の行動を、同時に平行してつぶさに観察できる、こういう機会は、そう簡単に出会えることではないかもしれない。今回の記録を整理をしてみて、こんなことも考えさせられた。
 この日の観察では、この種の雌のフェロモンは、至近距離でしか効き目がなかった。これは、もしかして「オバボタルの雌が雄を誘引するフェロモンを放出していなかったのではないか。」ということも考慮しなければいけない。そうだとするとこの日に交尾に至ったこの種の雄は、フェロモンを頼りに雌にたどり着いたのではなく、あちこち走り回っているうちに、まったく偶然に雌に出会えたことになる。
 いずれにしても、こうした行動観察は、観察例を積み重ねていかないと確実な情報は得られない。今後もオバボタルの羽化する時期に合わせて、根気よく取り組んで行きたいと思う。

 
6)オバボタル♂の不可解な交尾行動
 ところで、オバボタル♂の交尾行動には何とも不可解な観察例が二つある。その一つは小俣が、20086月にオバボタルの♂成虫6匹と、クロマドボタルの♂成虫6匹を同じペットボトルに入れて発光観察をした時のこと、個別に発光観察をするときには容器に入れてもそのままでは、発光しない。両種とも容器を軽くトントンと叩いて刺激すると発光してくれる。クロマドボタルの場合は瞬間的で短く、オバボタルの場合は暗くぼんやりとした感じの発光がみられる。ところが、この時の実験では、両種とも何の刺激も与えなくても盛んにピカピカとあたかも♀の発光に反応するかのように発光した。そして、驚いたことにオバボタルの♂がクロマドボタルの♂を追いかけて、いやがるクロマドボタルの♂にマウントした。♂どうしなので交尾は成立しないのだが、6匹ともマウントしたのはすべてオバボタルだった。オバボタルの♂は、クロマドボタルの♂を、オバボタルの♀と誤認したわけである。動物の世界では、カエルの♂が魚のアユを♀同様に抱きかかえて離さない写真を新聞で見たことがあるが、フェロモンを使うオバボタルが、フェロモンを出していないクロマドボタル♂を無理矢理捕まえてマウントするのは何ということだろうか。
 二つ目の観察例は、埼玉県の東松山市にある、埼玉こども動物自然公園の二次林内で職員の伊東友基氏が20086月に観察したオバボタルの交尾行動。

1図 
♂♀の交尾
2図
♂どうしの交尾

1,2図とも伊東氏による動物公園内の二次林内での撮影。1図はオバボタル♂が♀にマウントして交尾している。2図は、伊東氏が交尾している2匹の形態を細部にわたって観察すると、2匹とも♂のマドボタルだという。なぜこうしたことが起きるのか何とも不可解な例である。

 

7)オバボタルの産卵はどこに?

 本土産のホタルの中で、陸生に分類されているホタルは、羽化する時期に現場の発生地で長時間観察していても、♀の個体がなかなかみつからない。唯一の例外はスジグロボタル。このオバボタルも目視で観察した場合みつかるのは♂ばかり、板当沢林道の400m地点で19996月にわずか20mほどの狭いところで5日間に260匹ものオバボタル成虫の多発生があった。しかし、目視でみつかった♀はわずかに2匹だった。昆虫が羽化するときには希に例外はあるけれども、雌雄ほぼ同数の発生がみられるという。そのことからするとこの時もオバボタルの♀は少なくとも200匹以上発生したものと思われる。それにもかかわらず♀が2匹とは・・・・。つまりオバボタルの♀は♂が盛んに飛んでいるときに、草陰か落ち葉の下に身を隠していたのではないかと想われる。交尾行動の常識からすると♀は♂が見つけやすい所に出て(この場合は、落ち葉の上か草木の葉の上)フェロモンを出して♂を誘引するのが最善の方法だと思う。ところが、事実は反対で身を隠していて目立つところに姿を現さない。
 こんな状態なので、板当沢で観察を始めて11年経過したがこの種の発生期に現地で産卵された直後の卵をみたのは一度だけである。次の写真は板当沢林道で6月の早朝、成虫の発生数を調査中に見かけたもの。林床に放置されたスギの木の蘚類に♀1匹が産卵中だったので記録のため撮影用のカメラをザックから出して用意している間に♀成虫は飛び去った。
ピンセットで蘚類を押し分けて調べてみたら産卵数は34個だった。卵は乳白色で径0.7mm程だった。

 室内で飼育して産卵させると、土壌、腐植した木材蘚類など多様であるが、実際にはどの様なところに産卵するのかまだ観察例が少なくよく分からない。
 室内で産卵させたものを常温で管理すると、産卵から孵化までの日数は20日から22日である。

 

8)オバボタルの最も遅い羽化の記録

 八王子周辺の山地や丘陵部でこの種を長年継続観察していると、羽化する期間は、本土産の陸生ホタルの中でこの種が最も長い。多摩丘陵の海抜100mで最も早い羽化は520日に観察されている。一番数が多くなるのは6月初めから中旬まで、その後は時々見かける程度に数は減り断続的に8月末まで羽化が続く、というのがこれまでの観察結果だった。
 2009年の9月末に八王子市内で「ヒメボタル研究会」のサミットが催された際に、その取り組みの一つとして、最終日に板当沢林道でフィ−ルドワ−クが開催された。9月27日秋の彼岸すぎの季節だったので、陸生ホタルのメッカとはいえ、成虫は見ることはないだろうと誰しも思っていた。
 ところが、午後12時半頃林道の1000m地点で、東京大学理学部大学院から参加した梯さんが、ホタルの♀成虫が1匹草の葉の上に静止しているのを発見した。まさかのオバボタル♀成虫だった。


5

オバボタル♀成虫 体長
13mm
撮影 蒔田和芳
 文献記録を精査したわけではないが、この種の羽化の記録としては、日本では、この日の記録が最も最も遅い記録であろうと思う。♀成虫がみつかったので、この種は9月末でも産卵の可能性が出て来た。

本土産の陸生ホタルの発生については、これまでに、クロマドボタルやオオマドボタルについて卵の孵化時期に時間差があることが発見されている。しかし、対馬産のアキマドボタルを除いて9月末に産卵する種の記録は聞いたことも見たこともない。
 もしも、9月末に産卵されたとしたら、恐らく秋のうちに孵化することはなく、卵のまま越冬して翌年の初夏(5月頃?)に孵化する可能性がある。いずれにしてもこの日の梯さんの発見は、この種ばかりでなく、他の陸生ホタルの発生や産卵についても、もう一度全面的に見直す必要のあることを示唆している。

 

9)オバボタルの成虫前胸背板の赤斑について
 この赤斑については、80年も昔にかの有名な神田左京が「イ型」・「ロ型」の二つの変異があることを発表している。次の写真は神田説による「ロ型」です。八王子周辺ではこの型ばかりです。この形はちょうど直角三角形を二つ並べて立てた様な形です。これに対して「イ型」というのは、赤斑が○型で著しく小さくなっています。全国のマニアの方々が撮影してネット上に公開しています。赤斑は神田説の二つの他にも大きく○型になってオオオバボタルと見間違う様な形もあります。これらの変異がどの様に分布しているのかはまだほとんど明らかにされていません。これからの調査課題です。

                                以上